今回のコラムでは、最近、建築士業界の間で話題となっている既存住宅状況調査技術者を取り上げます。これは、中古住宅を購入する人にとって深く関係するものですから、買主や売主、そして不動産業者も理解しておくべきことです。
1.住宅診断(ホームインスペクション)と資格
今や住宅診断(ホームインスペクション)の認知度は、かなり社会に広まりつつある状況です。中古住宅であれば購入前に建物の劣化状況を調査して購入の判断材料にされる場合や、購入後の補修箇所についての参考とするなどで利用されています。
増えているケースでは、新築物件の完成時の引渡し前に行われる内覧会(竣工検査・完成検査)に立会う調査の依頼や、建築工事過程の第三者検査、リフォーム後の検査などでも多く利用されている状況です。
この住宅診断は、人間で例えると「健康診断」に相当すると言えるでしょう。検査や調査を実施する担当者は建物の「お医者さん」に相当します。よって、実施する担当者には、建物の状況を的確かつ客観的に把握し、診断を行う為の「資格」を持つことが望まれます。
今回、国が新たに住宅診断(ホームインスペクション)の技術者資格として「既存住宅状況調査技術者」を定めました。今までは、建築に精通した建築士が住宅診断を行うこともあれば、建築士でなくても保有できるインスペクションの「資格」を持っている担当者が実施していた調査機関も見られましたが、これからは「既存住宅状況調査技術者」が、中古住宅の住宅診断における検査担当者の中心的なものとなります。
そこで、以降ではこの既存住宅状況調査技術者がどのようなものなのかを説明します。
2.既存住宅状況調査技術者とは
2-1.背景:宅地建物取引業法の改正
宅地建物取引業法の改正に伴い、平成30年4月より、宅地建物取引業者(不動産業者のこと)に対して中古住宅の売買の際に行われる重要事項説明時に以下の説明が義務付けられました。つまり、宅建業者が中古住宅の売買契約を締結する際に買主に対しておこなう「重要事項説明」に、追加項目が義務付けられたということです。
・住宅診断の利用希望(利用する場合は斡旋できるか)について確認、告知すること。
・住宅診断を実施している場合にはその結果について説明すること。
ここで言う中古住宅の住宅診断、つまり「既存住宅状況調査」は、従来のインスペクターの資格などだけを持つ担当者での調査はできなくなります。新たに国土交通省が定めた講習を修了した者である必要があることとなったのです。
2-2.既存住宅状況調査技術者講習制度の創設
それが、新しい技術者資格の「既存住宅状況調査技術者」という訳です。これは、平成29年2月3日に国土交通省が創設した「既存住宅状況調査技術者講習制度」により定められました。
資格を取得する為には、「既存住宅状況調査技術者講習登録規程」に基づいて、国に登録を行った講習機関の講習を受講して、修了する必要があります。修了した者が既存住宅状況調査技術者となり、修了者には講習機関から修了証明書が発行されます。
検査は公正で客観的に、かつ検査する人によって結果に相違が出てはなりません。
そのためのガイドラインと言うべき項目についての講習および試験が行われるのですが、具体的な講習内容は、既存住宅状況調査技術者の役割、公正な業務実施のための遵守事項、情報開示、調査概要・手順、売買時の調査結果の活用などについて行われます。
また、調査方法基準とその詳細、調査報告書の記入、住宅の瑕疵の事例、検査機器などについても含まれます。
2-3.資格、講習機関について
一度資格を取得してしまえば良いという訳ではありません。「既存住宅状況調査技術者」の資格の有効期間は3年間(講習の受講時期によるが3~4年)とされています。有効期間が切れる前に、更新講習をあらためて受ける必要があります。資格保有者が一定の水準を保つためには必要な措置と言えます。
また、講習機関は技術者の情報を公開して消費者(売主や買主)に情報提供を実施しなければなりません。更に、消費者(売主や買主)からのインスペクションについて相談を受ける為の窓口を設置するようにも定められています。
消費者が安心・安全な住宅の取引ができる為の環境造りを、国が情報公開や窓口の設置を指示することによって実施しようとしています。
また、「既存住宅状況調査技術者」は「既存住宅瑕疵保険」の検査を行う際にも有効なもので、これを保有することにより瑕疵保険法人による検査を省略することができます。本来の既存住宅瑕疵保険の検査では検査会社と瑕疵保険法人による2重検査が必要なのですが、そのうち1つを省くことができるのです。
2-4.必須の資格:建築士について
建物の「お医者さん」の資格ですから、基礎となる最低限の資格保有が前提となります。「既存住宅状況調査技術者講習登録規程」に基づいた受講には、「建築士」であること(一級建築士・二級建築士・木造建築士のすべて)が必須とされています。
既存住宅状況調査技術者が行う既存住宅状況調査(インスペクション)とは、構造耐力上主要な部分(基礎、壁、柱等)に生じているひび割れや、屋根、外壁等の雨漏り等の劣化事象・不具合事象の状況について目視や計測等により調査をするものです。破壊検査、瑕疵の有無の判断、建築基準関係法令への適合性の判定等は含みません。
この様な建物の不具合や劣化状況について、目視検査や非破壊検査によって推測・判断をするには、建物の構造や材料などに十分な知識が必要です。よって、建物のプロである、建築士の資格が必要とされるのです。
資格の取得には建築士であれば問題は無いのですが、実際に既存住宅状況調査(住宅診断)を依頼する側から、調査担当者を選ぶ際に最も重要視したいのは建築士の中でも最高ランクである「一級建築士」であることです。
一級建築士は、国土交通大臣の免許を受け、複雑かつ高度な技を要する建築物を含むすべての施設の設計、および監理ができることとされています。つまり、規模や構造に関わりなく全ての建築に精通している、建築のプロ中のプロと言えるでしょう。
では、なぜ新たにこのような資格が必要となったのでしょうか。
2-5.資格の目的
これまでは建築士の資格を持っていなくても取得可能なインスペクションの資格もある為、建物の構造や材料などについての知識不足により、検査結果のムラが生じやすいという事実がありました(建築経験が明らかに不足する人が住宅診断をするということが実際に少なくなかった)。
「既存住宅状況調査技術者」は、その状況を国が主導して改善する為に打ち出した策と言えます。
主な理由は以下の項目が挙げられます。
・既存住宅状況調査(インスペクション)の質の確保と向上
・公正かつ客観的に検査が実施できる優良な人員の確保
この新しい資格制度により、既存住宅状況調査(インスペクション)が社会一般の信頼を得て普及していくことと、安心して消費者が中古住宅の取引を行えるようになることで、既存住宅流通市場の活性化をはかることが目的とされています。
背景としては、本格的な人口減少および少子高齢化を迎える中で、国としてこの「既存住宅流通市場の活性化」が重要な政策課題となっている状況が伺えます。
実際には建築士の資格を持つ人だから、既存住宅状況調査技術者だから、確実に安心で質の高い住宅診断(ホームインスペクション)が受けられるかと言えば、そう単純なものではありません。
しかし、誤解を恐れずに言えば、これまでは住宅診断(ホームインスペクション)を誰がやってもよかったのですが、この制度で最低ラインを設けることになり、今後の質の底上げに役立つ効果があるとみています。
3.まとめ
今回取り上げた「既存住宅状況調査技術者」は既存住宅状況調査(住宅診断)として中古住宅が対象となっていますが、新築物件の住宅診断(ホームインスペクション)でも共通して、この資格を有している一級建築士の担当者による調査が望ましいです。見るべき項目の把握などに活用できる部分もあるからです。
依頼をする際は、この資格の有無を確認されることが安心となるでしょう。
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